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蘇家壟遺跡博物館で「明月の珠、夜光の璧」という玉と石の組み合わせが初めて公開されています。
中國(guó)中南部の湖北省荊門市京山(県レベルの市)にある、新たに建設(shè)された蘇家壟遺跡博物館がこのほど、正式に一般公開されました。中國(guó)古代歴史典籍「史記」などの歴史文獻(xiàn)に記載されている「明月の珠、夜光の璧」という玉と石の組み合わせが初めて公開されています。
蘇家壟遺跡はこれまでに4回の発掘がおこなわれ、1100點(diǎn)以上の出土品があり、墓主は周朝時(shí)代(紀(jì)元前1046年~紀(jì)元前256年)の曽國(guó)の支配者?曽伯桼です。湖北省文物考古研究院の方勤院長(zhǎng)は、「今回展示された『夜光璧』『明月珠』という玉器の組み合わせは、蘇家壟遺跡の曽伯桼の墓で発見されたもので、中國(guó)の歴史文獻(xiàn)『史記』に記された『隨侯之珠、夜光之璧』の珠、璧の組み合わせの記載と一致している」と紹介しました。この希世の寶物は春秋戦國(guó)時(shí)代の趙國(guó)(紀(jì)元前403年~紀(jì)元前222年)の美玉「和氏璧」と同じように名が知られ、「隨候珠」とも呼ばれています。
この寶物は2000年以上の歳月を経ても、明かりに映えて、依然として青々と透き通った光を放ち、古代の職人の優(yōu)れた玉の加工技術(shù)が示されており、大勢(shì)の來場(chǎng)者が足を止めて観賞していました。
また、東晉時(shí)代(西暦317年~420年)の典籍「捜神記」によると、春秋時(shí)代(紀(jì)元前770年~紀(jì)元前476年)に隨國(guó)の國(guó)王の隨侯が旅をした時(shí)、道でけがをした大蛇を助け、1年後に隨侯は大蛇が白衣の少年に姿を変えて命の恩人に報(bào)いるためにわざわざ寶珠を捧げるという夢(mèng)を見ました。目が覚めると、隨侯はそばでこの寶珠を見つけました。この珠は晝は真っ白で透明で、夜になると月の光のように輝いていたので、後世では「隨侯珠」と呼ばれています。
今回の展覧會(huì)には貴重な青銅器や製錬作業(yè)場(chǎng)跡が大量に展示され、810點(diǎn)以上の貴重な文化財(cái)が展示され、多くの展示品が初めて公開されているとのことです。(提供/CRI)
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