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バラというと西洋風の花と思わないだろうか。しかしバラの原産地は中國とその周囲であり、現(xiàn)在、世界で流通しているバラの土臺になったのは、中國で1000年ほど前に作り出された品種だ。
「バラの花が咲き誇っている場所」と言えば、西洋式の庭園を思い浮かべがちではないだろうか?!改行预窑钉蓼扭い匹啸椁位ㄊ虿瞍烦訾筏婆预饲髳邸工趣いà?、洋畫の1シーンを思い浮かべるかもしれない。しかしバラの原種とされる植物は中國の雲(yún)南省を中心にチベットやミャンマーにかけて自生していた植物だ。また、現(xiàn)在までに世界各地でさまざまなバラの品種が登場したが、その土臺になったのは中國で改良された品種だった。バラはいかにして中國から世界に広まったのか。江蘇省農(nóng)業(yè)農(nóng)村庁研究員で、2016年には米國で「世界で最も偉大なバラ大師」の稱號を受けた王國良博士はこのほど、中國メディアの中國新聞社の取材に応じて、中國と世界におけるバラの改良史や文化史を説明した。以下は王博士の言葉に若干の説明內容を追加するなどで再構成したものだ。
現(xiàn)在の鑑賞用のバラの多くは、中國で作られた「月季」という品種が土臺になっている。月季は中國で、北宋の時代(960-1127年)には、広く栽培されていた。
西洋では、「現(xiàn)代の月季」としての最初の品種は、1867年に登場したフランスの「ラフランス」という品種とされてきた?!弗楗榨楗螗埂工沃鳏侍貜栅?、花びらが長く広いこと、葉が広く厚いこと、四季折々に花を咲かせ、花が紅茶のような甘い香りがすることだった。しかし実際には、「ラフランス」のような現(xiàn)代の月季は、「春水緑波」や「金甌泛緑」のような、中國で宋代には栽培されていた月季系の品種と同じだ。
ヨーロッパ人は中國の古い月季と地元のバラを交雑して、月季のヨーロッパ現(xiàn)地化に成功した。今、世界各地の花屋で人気の「バラ」は、この月季系の品種だ。
私は2005年、ある國際學術シンポジウムで中國における月季の進化の6段階論を提出した。「太古の化石期」、「品種導入期」、「宮廷栽培期」、「月季の発現(xiàn)期」、「南北流行期」、「世界拡散期」だ。第4期に該當する魏晉(220-420年)の時期の中國の庭師は四川、雲(yún)南の深い山に分け入って、自生していた複數(shù)の品種を利用して優(yōu)秀な品種を登場させた。その品種は四季折々に花を咲かせるので月季と呼ばれるようになった。殘念ながら、昔の人がどのように奇抜な発想で月季を作り出したのか、今となっては知る由もない。
ヨーロッパでも何千年も前からバラが植えられた。一重バラを八重バラにするなどの品種改良もあった。しかし、當時のヨーロッパでは園蕓が最も発達していた英國でも、観賞用植物の種類はわずか1000種余りだった。そして、牡丹や月季など中國原産の珍しい花が多くのヨーロッパ人の東洋への夢を掻き立てた。18世紀前後には、宣教師や植物収集家によって數(shù)え切れないほど多くの中國の月季がヨーロッパに持ち込まれた。最初のころにヨーロッパに伝來した月季系品種はヨーロッパで越冬するのが困難だったので、ヨーロッパ人は月季と現(xiàn)地のバラを交雑して改良した。
月季の形成過程において、土臺となった代表的な月季は「月月粉」、「赤竜含珠」などの「中國の四大老品種」だ。それらには2つの重要な特徴がある。四季を通じての開花と、ヨーロッパ人が「紅茶の香り」と呼ぶ花の香りだ。
西洋のバラ文化の歴史も長い。バラが愛と結びついた最初の時期は、古代ローマ期ではないかと思う。當時、古代ローマ人は愛する人を「心のバラ」と呼んでいた。イタリアの畫家ボッティチェリが1487年に描いた「ビーナスの誕生」にはバラの花がある。そのためバラは「ビーナス誕生の花」とも呼ばれるようになり、愛と美のシンボルになった。
バラには「愛」以外にも、いくつもの意味がある。昔のヨーロッパでは、勝った兵士の頭にバラの花輪をつける習慣があった。この場合のバラは勝利を意味した。15-16世紀ごろの「聖母子」の一連の絵畫の中には、バラや百合を背景にあしらった作品がいくつもある。この場合のバラは神聖さを象徴した。ナポレオンがルクセンブルクの國立小學校にバラを贈ったことで、バラは友情のしるしになった。第二次世界大戦が終わったとき、世界の人々は反ファシズムと平和の願いを込めて、フランス原産の黃色いバラに「ピース」と名付けた。
中國のバラ文化も多彩だ。各地で出土した約7000年から6000年前に作られた五弁模様の彩陶壺の祭器は、バラがトーテムだったことを物語っている。バラは広く分布しているため、多くの太古の先住民が共通の信仰対象にした。そのため、最近ではバラを「華夏の花」と呼ぶ學者もいる。
バラは文學作品にも登場した。蘇軾(1036-1101年)は「月季」と題した詩で、「この花だけは咲くことをいとわない。1年の長きにわたって春夏秋冬ともに春」とうたっている。當時の人は月季に「長い楽しみ」「長い春」「長壽」などの寓意を與えていた。
なお、中國ではバラが「愛」や「ロマン」に結びつけられることはなかった。バラと愛情を結び付けるのは近代以降に中國に伝わったものだ。
現(xiàn)在、市場で流通しているのはすべて改良された現(xiàn)代の月季で、ほとんどの人は中國の古い月季を見たことすらない。そのため、歴史上の月季は現(xiàn)代の月季には及ばないという誤解が広まった。
実際には、古くからある月季もとても美しい花を咲かせている。しかも長期にわたり交雑を繰り返して生まれた新品種よりも耐病性が強く、育てやすい。枝や葉は旺盛に茂る。われわれは、雲(yún)南省の水目寺で見つけた明代(1368-1644年)から植わっている月季を、祥雲(yún)粉紅香水月季と名付けた。直徑30センチ以上の大輪の花を咲かせる株もある。別の古い株は高さが20メートルを超え、直徑10センチ余りが咲き亂れていた。まるで、天界の街の家々の燈火のような、衝撃的な光景だった。
中國と西洋のそれぞれの文化で、月季に與えた意味合いは異なるが、美のシンボルである點は同様だ。月季は人と人の麗しい感情と、その感情が長く続くことを望む気持ちを象徴する。まさに美しさを感じる心を共有することで、人と人が睦まじく共生することを象徴する花なのだ。(構成/如月隼人)
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