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北歐のフィンランドとスウェーデンは歐州連合に加盟し、西側(cè)の一員だが、軍事的中立を保ってきた。寫(xiě)真はNATO公式ツイッター(@NATO)より。
西側(cè)の軍事同盟である北大西洋條約機(jī)構(gòu)(NATO)は6月末にマドリードで開(kāi)いた首脳會(huì)議で、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、長(zhǎng)年、「戦略的パートナー」と見(jiàn)なしてきたロシアを「敵」と規(guī)定、冷戦時(shí)代の論理に戻った形となった。こうした中でロシアから脅威を受けているフィンランドとスウェーデンのNATO加盟手続き開(kāi)始で合意。7月5日にはその手続きが始まった。北歐勢(shì)の新規(guī)加盟で戦略的に重要なバルト海はほぼNATO諸國(guó)に囲まれる「NATOの湖」(英BBC放送)となり、NATOは戦略的に転換點(diǎn)を迎える。ロシアと5カ月間戦ってきたウクライナはすでにNATO加盟を申請(qǐng)しているが、その行方はどうなるのだろうか。
◆トルコの反対撤回
北歐のフィンランドとスウェーデンは歐州連合(EU)に加盟し、西側(cè)の一員だが、軍事的中立を保ってきた。しかし、ロシアのウクライナ侵攻で北歐2カ國(guó)ではロシアへの警戒感が強(qiáng)まり、國(guó)內(nèi)世論もNATO加盟へ傾斜。五月に加盟申請(qǐng)した。こうした中でトルコが待ったをかけた。トルコはテロ組織と見(jiàn)なす反政府武裝組織「クルディスタン労働者黨(PKK)」を北歐二カ國(guó)が支援していると指摘。フィンランドとスウェーデンはマドリード首脳會(huì)議の際、トルコと接觸。両國(guó)がPKKの活動(dòng)阻止などで同意したことでトルコはNATO加盟反対を取り下げた。舞臺(tái)裏ではバイデン米大統(tǒng)領(lǐng)が仲介に動(dòng)いたとされる。
フィンランドとスウェーデンが加盟すればNATOは32カ國(guó)體制となる。マドリード首脳會(huì)議でNATOは2010年以來(lái)となる、行動(dòng)指針を定めた「戦略概念」を改訂。ロシアを「同盟諸國(guó)の安全保障にとって最大かつ直接の脅威」と規(guī)定、冷戦期の厳しい東西対立の時(shí)代へ逆行したことを印象付けた。新戦略概念は防衛(wèi)態(tài)勢(shì)を大幅に強(qiáng)化。NATOのストルテンベルク事務(wù)総長(zhǎng)は東部方面の防衛(wèi)が増強(qiáng)されることを指摘、加盟國(guó)が侵略された場(chǎng)合、最大30萬(wàn)人の兵員派遣態(tài)勢(shì)がとられることを明らかにした。具體的には、少なくとも10日以內(nèi)に10萬(wàn)人、30日以內(nèi)にさらに20萬(wàn)人が派遣される?,F(xiàn)態(tài)勢(shì)では15日以內(nèi)に4萬(wàn)人の派遣となっている。米國(guó)は東歐への初の常駐部隊(duì)としてポーランドに前方司令部を置く。
マドリード會(huì)議では、各國(guó)の首脳がウクライナへの支持を改めて表明。フランス?マクロン大統(tǒng)領(lǐng)は「ウクライナでの戦闘は我々の戦闘である。ロシアは勝てないし、勝たせるべきではない」と述べた。
◆ウクライナ加盟への道は
ウクライナはNATOへ加盟できるだろうか。できるとしたらいつだろうか。ロシアのウクライナ侵攻への背景には、ウクライナがNATO加盟へ積極的な姿勢(shì)を見(jiàn)せていることに対するロシアの危機(jī)感もあった。ウクライナが初めてNATOへの関心を公にしたのは2002年。安全保障での協(xié)力のための「平和のためのパートナーシップ(PFP)」協(xié)定を締結(jié)したのが2005年。2008年にはNATO加盟への第一歩ともいえる、「加盟行動(dòng)計(jì)畫(huà)(MAP)」申請(qǐng)レターの送付を行った。その後、2014年のロシアによるクリミア併合などもあり、ウクライナのNATO加盟プロセスは停滯気味となった。2008年にはゼレンキー大統(tǒng)領(lǐng)はNATO加盟はウクライナの安全保障と防衛(wèi)に貢獻(xiàn)するので、まずMAPが必要だと述べた。
ロシアのウクライナ侵攻が始まった今年2月に以來(lái)、ウクライナはNATO加盟について積極姿勢(shì)を表明することは控えているようだ。戦況に左右される側(cè)面も大きく、現(xiàn)時(shí)點(diǎn)では先は読めない。西側(cè)の指導(dǎo)者の間では「當(dāng)面の課題ではない(ショルツ獨(dú)首相)」とみられているようだ。
■筆者プロフィール:村上直久
1975年時(shí)事通信社入社。UPI通信ニューヨーク本社出向、ブリュッセル特派員、外國(guó)経済部次長(zhǎng)を経て退職。長(zhǎng)岡技術(shù)科學(xué)大學(xué)で常勤で教鞭を執(zhí)った後、退職?,F(xiàn)在、時(shí)事総合研究所客員研究員。學(xué)術(shù)博士。
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