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日本に來てから、不思議に自分がオリンピックに近づいたと実感した。柔道など日本の國技スポーツに興味を持つようになった。寫真は東京五輪ポスター。
私の記憶の中の最初のオリンピックは、1984年のロサンゼルスオリンピックだ。その年、中國がオリンピックに復(fù)帰することになった。ロサンゼルスオリンピックで、中國選手が十?dāng)?shù)個(gè)の金メダルを取った。中國のテレビ番組は金メダリストを繰り返し宣伝した。中でも一人目の金メダリストはまるで英雄のように扱われた。
その時(shí)代、中國人にとって、「オリンピック=金メダル」だったかもしれない。國際競技の舞臺で國のために栄光を爭い、イデオロギーの色が濃かった。以前から中國政府にとってスポーツは重要な外交手段だった。例えば、有名なピンポン外交。1971年に名古屋で行われた第31回世界卓球選手権に中國が6年ぶりに出場し、大會終了後に中國がアメリカなど歐米の卓球選手を自國に招待した。そのピンポン外交の結(jié)果として、中國とアメリカの敵対関係が氷解され、日中國交正常化にもつながった。中國語の「小球転動(dòng)大球」とは、「小さなピンポン玉が大きな地球を動(dòng)かした」という意味。まさにスポーツと政治の関係を示したものだ。中國にとって、オリンピックは一番大きな外交舞臺。今もそれは変わらないだろう。
1988年ソウルオリンピックで一番印象に殘ったのは、テーマソング「Hand in Hand」だ。テレビでいろんな肌色の人達(dá)が手をつないで「Hand in Hand」を熱唱する畫面を観て、思わず涙が溢れた。その光景は私に「グローバル」を啓蒙してくれた。違う國の人達(dá)が手をつなげば、友達(dá)になれるのだと悟った。オリンピックのテーマソングは世界中の人々に共通の美しい思い出を與える。私の心の中で「Hand in Hand」は空前絶後のオリンピックテーマソングという存在で、今でもそれを超えるものはない。
日本に來てから、不思議に自分がオリンピックに近づいたと実感した。さらに、柔道など日本のスポーツに興味を持つようになった。日本に來る前は、全然柔道がわからなかった?,F(xiàn)在、柔道は「柔軟に対抗する」蕓術(shù)だと認(rèn)識し、柔道の試合を興味津々に観ている。そのきっかけとは、なんと、大學(xué)院で2000年のシドニーオリンピック金メダリスト、現(xiàn)?柔道日本代表監(jiān)督の井上康生さんと同じ研究室に所屬し、同じ指導(dǎo)教授のもとで勉強(qiáng)していたことだ。井上さんは忙しくて、滅多に研究室にいなかった。彼が研究室に現(xiàn)れると、大勢の女の子が研究室の外に集まってきてワイワイと盛り上がる。研究室メンバーもみな井上さんとツーショット寫真を撮った。井上さんは色紙に大きな二文字「初心」とサインを書いてくださった。私はずっとこの色紙を大事に保管している。
ある日、體の大きい井上さんと小柄の指導(dǎo)教授が、肩を並べて、談笑しながら美しい湘南キャンパスを歩く姿を目にした。二人が雪化粧した富士山へ向かっていくように見えて、その光景が脳裏に焼き付き、一種の感動(dòng)を覚えた。卒業(yè)後數(shù)年して、指導(dǎo)教授の還暦お祝い會で井上さんと再會した。井上さんは肘をけがしていたようで、包帯姿で壇上に立ち、謙遜しながら先生にお祝いと感謝の言葉を述べた。
いよいよ、2020年東京オリンピックが到來する。「參加することに意義がある」。近代オリンピックの父、クーベルタン男爵の有名な言葉を忘れてはいけない。伝統(tǒng)文化より、スポーツはもっと速いスピードで人間の心の距離を縮めるかもしれない。真のスポーツ精神とは金メダルをいくつ獲得したかではなく、自分を乗り越えて、人に感動(dòng)と勇気を與えることではないか。
自分の體験を言えば、日本に來てからスポーツ観戦で、選手の國籍より選手の人間的魅力に注目するようになった。例えば、選手の個(gè)性とファッションなど。特に陸上の女子アスリートの髪型、指先のネイル、ピアスなどを見たら、選手たちが強(qiáng)くて美しくていずれも素晴らしいと感服する。まさに、オリンピックは美の盛宴である。
近年、私が好きな日本選手を列挙すれば、サッカーの本田圭佑選手、バレーボールの木村沙織選手、卓球の福原愛?石川佳純選手等々、アイドル以上の存在だと思う。その力強(qiáng)さ、そして、その仕草?笑顔?言葉、すべてたまらなく魅力的だ。ナショナリズムを越えて、スポーツの蕓術(shù)を楽しむことは何より心地良い。愛することに理由なんていらない、と同じ感覚である。
自分が住む都市である東京でオリンピックに巡り合えること、人生にはめったにない大イベントなので、期待せずにいられない。東京オリンピックでは、私は相変わらず、どの國を贔屓するではなく、自分が好きな選手を応援したい。オリンピックに関しても、「辺縁人の流儀」を貫いていこう。2020年は私が來日してちょうど20周年。ある意味で、自分の「人生のオリンピック」になりそうなので、新しいことにチャレンジし、真剣勝負(fù)ができたらいい。
■筆者プロフィール:黃 文葦
在日中國人作家。日中の大學(xué)でマスコミを?qū)煿イ?、両國のマスコミに従事。十?dāng)?shù)年間マスコミの現(xiàn)場を経験した後、2009年から留學(xué)生教育に攜わる仕事に従事。2015年日本のある學(xué)校法人の理事に就任?,F(xiàn)在、教育?社會?文化領(lǐng)域の課題を中心に、関連のコラムを執(zhí)筆中。2000年の來日以降、中國語と日本語の言語で執(zhí)筆すること及び両國の「真実」を相手國に伝えることを模索している。
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