<在日中國人のブログ>「中國で不便はありますか」=現(xiàn)地に住む日本人に聞いてみた

黃 文葦    2018年11月18日(日) 16時(shí)40分

拡大

10月下旬、大學(xué)生?高校生の日本語スピーチコンテストの審査員を務(wù)めるため、天津に行った。今回の天津の旅で、中國の百年の歴史を見ることができると実感した。寫真は筆者提供。

(1 / 4 枚)

10月下旬、日本語NAT-TEST中國運(yùn)営局が主催する大學(xué)生?高校生の日本語スピーチコンテストの審査員を務(wù)めるため、天津に行った。ちなみに、「西安で中國の5千年の歴史を見る。北京で中國の千年の歴史を見る。天津で中國の百年の歴史を見る」と言われており、実際私は今回の天津の旅で、中國の百年の歴史を見ることができると実感した。

その他の寫真

今回、天津の「五大道」にある「和平鬢館」というホテルに泊まった。五大道とは馬場道、睦南道、大理道、重慶道、常徳道の5つの通りの総稱で、租界の町並みが殘るエリアである。百年前の建物だが、車庫がつけられている。1860年に天津英租界が設(shè)置されてから五大道が英租界に組み込まれた。1911年の辛亥革命後には、清朝の皇族親族らが、北京から天津の租界に移住した。また、多くの富豪や著名人、政府役人も天津に滯在したことがあった。

日本語スピーチコンテストは天津外國語大學(xué)の馬場道キャンパスで開催され、大學(xué)構(gòu)內(nèi)にも歴史感覚あふれる建物が多くあった。建物は古風(fēng)かつ質(zhì)樸優(yōu)雅で、塀の上には植物が這っている。あたかも、「歴史」と「現(xiàn)在」が塀の上に結(jié)ばれるようであった。

天津に「小さなイタリア」と「小さなオーストリア」がある。どういうことかというと、「意式風(fēng)情區(qū)」と「奧式風(fēng)情街」というイタリアとオーストリアをモチーフにしたエリアが天津の観光スポットになっているのだ。夜になると、百年前の建物がお灑落なバーとレストランに変身する。植民地時(shí)代の建築が都市の文化遺産になっている。

さらに感心したことは、天津が伝統(tǒng)文化を大事にしているということだ。夜になると、「茶館」という場所で、中國の伝統(tǒng)的な話蕓の一つである「相聲」を見ることができる。話術(shù)や蕓で客を笑わせる蕓能で、日本の漫才のような寄席演蕓である。私は天津で初めて生で「相聲」を観賞した。そこでちょっと意外だと思ったことは、「相聲」の蕓人と観客は若者が多いということだ。インターネットとAIの時(shí)代になっても、天津では「相聲」という伝統(tǒng)文化が依然として大事にされている。天津の人々は幼いころから「相聲」に親しみを持っているという。

天津でタクシーに乗った際、運(yùn)転士さんが自慢げに天津の特徴を語ってくれた?!柑旖颏紊睽辚亥啶媳本?、上海より遅い。それでもいい。不動(dòng)産価格は北京、上海よりかなり安い。だから、天津に住めてよかった」。中國の不動(dòng)産価格は日本より高いと言われることがあるが、実際はそうでもないと思う。不動(dòng)産価格が高騰しているのは北京、上海のような大都市に限られている。

今回の日本語スピーチコンテストの審査員という仕事を通して、ある程度現(xiàn)在の中國の若者の日本に対する意識(shí)がわかった。コンテストには中國各地から選ばれた15名の大學(xué)生?高校生が參加し、日本に行ったこともないのに、日本語がとても上手なことに感心した。內(nèi)容も個(gè)性豊かで、共通點(diǎn)は日本文化に興味を抱いているということである。

ある女の子はスピーチの中で、「高校時(shí)代から、ずっと日本のスーパースター亀梨和也のことが大好きです」と語り、日本と日本語に興味を抱くようになったという。夢は日本で介護(hù)を勉強(qiáng)し、日本で立派な看護(hù)師になることだそうだ。

ある男の子は日本のゲームが大好きで、將來の夢はゲームのデザイナーになることだという?!敢郧?、精神的な理由から部屋に引きこもって不登校になった時(shí)期があった。その時(shí)、『東方紅魔郷』というゲームをして、とにかく強(qiáng)くなることを考えていたら、いつの間にか自信を取り戻せるようになった。それからは勉強(qiáng)にも勵(lì)み、今は日本語の勉強(qiáng)が毎日楽しくて仕方ありません!」と語っていた。実は、中國の少年が日本を好きになるきっかけの多くはゲームである。

日本語スピーチコンテストで、天津の大學(xué)で日本語を教える3人の日本人の教師と出會(huì)った?!钢袊扦文氦椁贰⒑韦槐悚胜趣长恧ⅳ辘蓼工工嚷劋?、「中國での暮らしはとても快適です。不便なことがありません。私たちはよく淘寶網(wǎng)(タオバオワン=中國のネットショッピングサイト)で買い物します」と微笑みながら答えてくれた。

中國で暮らしている日本人は私より中國のことが詳しそうで、中國で道路を渡る注意點(diǎn)まで教えてくださった。日本で暮らしている中國人と中國で暮らしている日本人、どちらも住んでいる國のことを愛しているのだろう。

近年中國経済の発展スピードが凄まじいとよく言われているが、天津では人々が昔のまま、のんびりしたリズムで暮らしているように見えた。中國でも、都市によって性格が違っている。伝統(tǒng)文化を大事にしながらゆっくり前進(jìn)し、人々がゆっくりな暮らしを楽しんでいるのも中國社會(huì)の一つの姿である。天津の足取りが遅くてよかったと言いたい。3日間の短い旅ではあったが、天津の「歴史」と「現(xiàn)在」が心の中でつながった気がした。

■筆者プロフィール:黃 文葦

在日中國人作家。日中の大學(xué)でマスコミを?qū)煿イ贰I國のマスコミに従事。十?dāng)?shù)年間マスコミの現(xiàn)場を経験した後、2009年から留學(xué)生教育に攜わる仕事に従事。2015年日本のある學(xué)校法人の理事に就任。現(xiàn)在、教育?社會(huì)?文化領(lǐng)域の課題を中心に、関連のコラムを執(zhí)筆中。2000年の來日以降、中國語と日本語の言語で執(zhí)筆すること及び両國の「真実」を相手國に伝えることを模索している。

Facebookはこちら
「黃文葦の日中楽話」の登録はこちらから

この記事のコメントを見る

noteに華流エンタメ情報(bào)を配信中!詳しくはこちら

ピックアップ



   

we`re

RecordChina

お問い合わせ

Record China?記事へのご意見?お問い合わせはこちら

お問い合わせ

業(yè)務(wù)提攜

Record Chinaへの業(yè)務(wù)提攜に関するお問い合わせはこちら

業(yè)務(wù)提攜