<在日中國人のブログ>中國人に最も影響を與えた3人の作家、魯迅が「黒」なら毛沢東は「赤」、そして金庸は…

雪田    2018年11月10日(土) 19時20分

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10月30日、香港の著名作家?金庸先生(寫真)が亡くなった。金庸ファンである筆者は自宅の本棚にある金庸先生の小説を眺め、晝夜問わず金庸小説に夢中になった昔の自分を思い出し、懐かしい気持ちと金庸先生への哀悼の意で胸がいっぱいになりました。

10月30日、香港の著名作家?金庸先生が亡くなった。金庸ファンである筆者は自宅の本棚にある金庸先生の小説を眺め、晝夜問わず金庸小説に夢中になった昔の自分を思い出し、懐かしい気持ちと金庸先生への哀悼の意で胸がいっぱいになりました。

現(xiàn)代の中國人に最も影響を與えていると言われる作家は、魯迅、毛沢東、金庸の3人です。彼らの作品の発行部數(shù)や閲覧數(shù)は天文學的な數(shù)字であり、影響は極めて広く、中國社會のあらゆる階層で知られています?,F(xiàn)代の中國人の考え方や行動パターン、いわゆる“中國人の色”は、この3人の影響が基礎(chǔ)になっていると言っても過言ではありません。

魯迅は中華人民共和國の成立前に亡くなりましたが、彼の作品は中國の教科書の中で重要な位置を占めております。日本留學時代の「藤野先生」の話はもちろん國語の教科書に入っていますし、社會を批判する散文や短篇小説なども數(shù)多く教科書に採用されています。中國の子どもたちは古典ものを理解する前に魯迅を?qū)Wび始め、小さいころから彼の作品に慣れ親しんでいます。

魯迅の「薬」では病気の中國人親子が“人間の血の付いた饅頭”を薬として使っており、「阿Q正伝」では“精神勝利法”の愚民を阿Qと名付け、さらに他の作品では「中醫(yī)は意識的にあるいは無意識に偽りの噓つき」と批判しました。魯迅は筆を武器に同時代の他の知識人らと戦い、「1人も許せない」との名言を殘しています。

魯迅の中國の國民性への批判、中國數(shù)千年の文化や伝統(tǒng)への批判は痛烈で、當時の左派や革命運動家に愛され、中華人民共和國の成立後はさらに高く位置づけられました。魯迅の批判的な意識と鋭い言葉は、中國のいくつかの世代の思考に影響を與え、今の中國人の批判意識もほとんど魯迅形式です。

毛沢東の作品は、政治指導者の地位の影響で、長い間中國人の生活と思想を全面的にカバーしていました。文化大革命でその勢いは最高潮となり、「紅寶書」と呼ばれる「毛沢東語録」は1人1冊持っていて、人々は會話する際に競って毛沢東の言葉を引用しました。例えば「銃で政権を打ち立てよう」、「階級闘爭は毎日、毎月、毎年語らないといけない」など。若者は「紅衛(wèi)兵」を結(jié)成し、毛沢東への忠心を踴りや歌などで表現(xiàn)する活動も盛んに行われました。

毛沢東が亡くなった後文革大革命は終止符を打ちましたが、毛沢東が作った漢詩、書いた文章などは教科書に採用され、依然としてファンは多くいます。

毛沢東が亡くなって40年以上経った今でも余威が殘っていて、近年中國で、かつての紅衛(wèi)兵が「忠字舞」を楽しく踴る場面も見られ、つい先日、日本に移住した中國東北出身者がメーンの団體が、名古屋の公園で紅衛(wèi)兵の衣裝を身にまとい「忠字舞」を踴り、「毛主席の萬壽無窮をお祈りします」という歌も歌いました。後で話を聞くと、彼らは誰も毛沢東の時代に戻りたくはないですが、幼少時代や青春時代で覚えた歌や踴り、毛沢東の言葉、文化大革命の決め臺詞などは楽しくて気分が高揚すると語っていました。

毛沢東の闘爭的な意識とはっきりとした言葉使いは、すでに中國人の血液に溶け込んでいます。中國の新聞、ニュース、マスメディアは批判の口調(diào)が多く、他國に対する闘爭意識も強いです。また、中國の庶民もけんかっ早く、ネットでも罵倒やけんかが見られます。

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