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13日、中國の著名な経済學(xué)者、郎咸平氏は「日本の反?。航U済成長モデルの夭折」と題した記事を中國のブログサイトに掲載した。寫真は09年、北京?六里屯でゴミ処理場建設(shè)に反対の聲をあげる住民ら。
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2011年7月13日、中國の著名な経済學(xué)者、郎咸平(ラン?シエンピン)氏は「日本の反?。航U済成長モデルの夭折」と題した記事を中國のブログサイト?騰訊博客に掲載した。以下はその內(nèi)容。
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最近は省エネや排出削減がやたらと叫ばれているが、中國人にそんなことを考える資格はない。それよりも先にやるべきことが山ほどあるからだ。我々の居住環(huán)境がどれほど恐ろしいか、ご存じだろうか?北京市には市中心部から半徑15キロ?30キロの間に中規(guī)模以上のゴミ捨て場が400カ所以上ある。だが、これらはまだ管理されているだけマシな方で、さらに恐ろしいのは街角に山と積まれたゴミの山や、屋外でゴミを焼卻する野焼きである。
例えば、北京市郊外の通州區(qū)梨園地區(qū)。ここには露天のゴミ捨て場があり、2?3日に1度、まとめて野焼きが行われる。その際は周囲數(shù)キロにわたり、鼻を突くような臭いと濃い煙が充満する。さらに怖いのはこうした光景は通州だけなく、中國各地でかなり日常的に見られること。中國ではゴミの3分の1がこうした方法で処理されている。中國は何が正しい経済成長モデルなのか分かっていない。だから、環(huán)境汚染がこれほど深刻なのだ。
日本も高度経済成長期には環(huán)境汚染がひどかった。それは何事も経済を優(yōu)先させた結(jié)果、払った代償だ。水俁病や四日市ぜんそくなど複數(shù)の公害病が発生し、多くの被害者を出している。だが、日本人はこれを教訓(xùn)とし、相次いで厳しい環(huán)境保護法を制定。その結(jié)果、日本人は國內(nèi)での電池生産を止め、中國に移した。現(xiàn)在、世界80%の鉛蓄電池は中國で生産されたものである。
資源が少ない日本は1973年から始まったオイルショックにより、3年間で國內(nèi)総生産(GDP)が7%も低下した。日本は海外から原材料が輸入できなければ、死活問題につながる。これを教訓(xùn)にして行われるようになったのが、金屬リサイクルだ。エンジンの燃焼効率を上げれば、その分石油の輸入量を減らすことができる。日本はこうした転換により、経済成長のスピードを速めた。
日本人の素晴らしいところは、問題が起きてからの対応の仕方。深く反省し、真面目に対策を考える。それに比べ、中國人にはそもそも反省するという意識があるのだろうか?筆者はほとんどないのではないかと非常に心配している。(翻訳?編集/NN)
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