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26日、東日本大震災で、中國人研修生の避難を優(yōu)先させ、自らは津波に呑まれたとみられる佐藤水産の専務、佐藤充さんへの恩返しがしたいと、大連の派遣會社の社員5人が同町を訪問した。寫真は先月16日の新潟産業(yè)振興センター。在日中國人500人以上が身を寄せた。
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2011年4月26日、東日本大震災で大津波に襲われた宮城県女川町で、中國人研修生の避難を優(yōu)先させ、自らは津波に呑まれたとみられる佐藤水産の専務、佐藤充さんへの恩返しがしたいと、派遣元の大連の會社の社員5人が同町を訪問した。華字紙?日本新華僑報が伝えた。
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佐藤さんは震災當日、自分の家族の安否確認よりも先に中國人研修生20人を安全な場所へと誘導。その後、家族を探しに出かけたが、そのまま戻らなかった。研修生たちによると、地震直後は少し小高い場所に避難したが、すぐに佐藤さんが「津波が來る!」と叫びながらやって來て、さらに高い場所へと誘導してくれた。研修生の1人は「それがなかったら、自分たちは助からなかった」と話す。
佐藤さんは中國で「英雄」扱いされ、各メディアでも大きく報じられた。同町は人口1萬人の約半數が行方不明になるという大慘事だったが、當時、合わせて54人いた中國人研修生は全員無事だった。研修生の派遣元である大連の派遣會社の幹部、王軍(ワン?ジュン)氏は「佐藤さんを始めとする女川町の方々に感謝の気持ちでいっぱいです」と話し、大連で募金活動を行ったことを明かした。
社員5人は、佐藤さんの実兄である佐藤水産の社長、佐藤仁さんのもとを訪ね、感謝の言葉を述べた。集めた募金は中國人研修生を受け入れていた水産會社9社に贈りたいとしている。訪問を受けた佐藤仁さんは「弟は日本人として當然のことをしただけです」と語った。(翻訳?編集/NN)
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