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ノーベル賞受賞者の大村智?北里大學特別栄譽教授が「私の歩んで來た道」と題して日本記者クラブでこのほど講演、有用だった「12の秘話」を語った。同教授は寄生蟲が引き起こす難病の治療に役立つ微生物由來物質(zhì)「エバーメクチン」を発見した。
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ノーベル賞受賞者の大村智?北里大學特別栄譽教授が「私の歩んで來た道」と題して日本記者クラブでこのほど講演、有用だった「12の秘話」を語った。同教授は寄生蟲が引き起こす難病の治療に役立つ微生物由來物質(zhì)「エバーメクチン」を発見。マラリア治療に有効な成分を発見した中國?屠ヨウヨウ氏らとともに、2015年にノーベル生理學?醫(yī)學賞を受賞した。
【その他の寫真】
(1)雑草のように伸び伸び育つ
豪農(nóng)でも貧農(nóng)でもない中農(nóng)の家に生まれ、母から勉強をするようにと言われたことは一度もなかった。幼年時代から陽が昇らない前に起こされて野良仕事をした。農(nóng)繁期は多忙だったが農(nóng)閑期にはスキーなどもできた。自然やスキーに親しんだことがよい思い出になっている。
(2)定時制生徒に教えられ一念発起
大學卒業(yè)後、東京の工業(yè)高校定時制で教師をした際、油が付著している生徒の手を見て「中小町工場で晝間働き?手を洗う間もなく學校に來る、こんなにまで勉強したい人がいるのに自分は何をしているのだろう」と思い、研究者の道に入ることを決斷した。
(3)高いレベルの中で競い合う
國體に出場したスキーを通じて學んだのは、うまくなるにはレベルの高い中で競うことが大事だということ。いつの間にか自分もレベルが高くなる。勝つためにはただ學んでいるだけではダメで、獨自の方法が必要だ。
(4)ピンチをチャンスに
ノーベル賞受賞理由となったエバーメクチンは、ゴルフ場で採取した微生物から見つかった。そのゴルフを始めたきっかけは、夜眠れなくなった時、精神科醫(yī)に「パチンコかゴルフか、他のことを忘れるようなことをしなさい」と言われた。研究者なのでパチンコというわけにはいかず、ゴルフを選び、5年でハンディ5まで上達した。
(5)大卒後5年で勝負
山梨大學時代に、夜叉神峠の地質(zhì)調(diào)査を擔當された先生のアシスタントをした。後年溫泉を掘る伏線になった。何が役立つか分からない。先生からは大學は関係ない。大學を出てから5年間で勝負しなさいと言われ役に立った。
(6)論文は英語で書く
東京理科大大學院時代、先生から「論文は必ず英語で書きなさい。世界の多くの人が読んでくれないから」と指導された。下手な英語だったが、以降論文はすべて英語で書いた。晝間勉強して夜教える生活だった?!负问陇庹┨谩─趣浃辘胜丹ぁ工妊预铯欷郡长趣庖郅肆ⅳ盲皮い?。
(7)人とのつながりが大事
著名な研究者との交流が自身を?qū)Гい皮欷俊?965年に北里研究所に入所。1971年に北里研究所から米國のウエスレーヤン大學に留學し、化學界の重鎮(zhèn)であるマックスティシュラー教授の研究室で研究することができた。そこで多くの優(yōu)秀な研究者と出會った。
(8)先駆的なチャレンジ
米國留學から帰國する1973年に教授の力添えで米國の製薬大手メルク社と契約を締結(jié)した。北里研究所の大村グループはメルク社から資金提供を受け、微生物由來物質(zhì)を探索する。有望な物質(zhì)が見つかれば、特許を取り、その権利をメルク社に提供、実用化されれば北里研究所に特許ロイヤルティが支払われるという先駆的な契約だった??辜纳x薬「イベルメクチン」の基となった抗生物質(zhì)「エバーメクチン」の発見で、毎年3億人もの熱帯地域の人々を感染癥の脅威から守ることができた。
(9)素直な感動
2004年に、失明の恐れがある感染癥「オンコセルカ癥」がまん延していた西アフリカのガーナを初めて訪れた際、小學校に立ち寄ると、特効薬の開発者が來訪したと知った子供たちが喜んで集まってくれ、とても感動した。何十人もの子供たちが笑い、子供たちの目が輝いていた。
(10)「世の中の役に立つか」を優(yōu)先
尊敬する偉大な細菌學者の北里柴三郎先生の『実學の精神』(研究を?qū)g地に応用すること)を絶えず思い出しながら、どれが世の中の役に立つかを優(yōu)先させてきた。
(11)研究一筋
研究に影響が出るような話はすべて斷わった。山梨大學長に推挙されたが研究できなくなると分かって固辭したこともある。高報酬を持ちかけられても研究に影響が出ると分かれば斷わった。研究一筋で來たのがよかった。一貫して獨自性を大切にして研究していけば道は開ける。
(12)積極的な社會還元
故郷の山梨県韮崎市に「韮崎大村美術館」を建設し、収蔵品も含めて市に寄贈した。將來の科學者を育成しようと「山梨科學アカデミー」などを設立。病院や溫泉施設も建て、少しでも地域の役に立てればと考えている。(八牧浩行)
■筆者プロフィール:八牧浩行
1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、歐州、米國、アフリカ、中東、アジア諸國を取材。英國?サッチャー首相、中國?李鵬首相をはじめ多くの首脳と會見。東京都日中友好協(xié)會特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著?共著に「中國危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外國為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。
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